動物たちの豊かな暮らし
エンリッチメント大賞 2022
「エンリッチメント大賞2022」
―継続、発展、展開が飼育を変える―
エンリッチメント大賞2022には、32件の取り組みに対して全国から35通の応募がありました。そのうち11件が一次審査(書類選考)を通過し、スタッフによる現地調査やリモートヒアリングを経て、9月18日に二次審査(審査委員会)がおこなわれました。その結果、大賞1件、努力賞1件、そして今年度より新たに設けられた「正田賞」1件が選ばれました!
大賞には11年前にも受賞歴のある埼玉県こども動物自然公園のペンギンヒルズが、努力賞には3年連続で応募があったのぼりべつクマ牧場での取り組みが選ばれました。いずれも、動物福祉の向上に継続して取り組む現場の飼育担当者の地道な姿勢がみられ、さらには過去の予想を上回るような発展や他園館への波及力、将来の展望まで示されるものでした。エンリッチメントの実践においては実施した内容を評価し次の取り組みにつなげていくS.P.I.D.E.R.モデル(※)が重要だとされていますが、今回受賞した取り組みはまさにそれを体現しているといえるかもしれません。
そして今回より、エンリッチメント大賞設立から2016年までの審査委員を務められた正田陽一先生(2016年12月30日逝去)を記念して「正田賞」を新設いたしました。エンリッチメント大賞に応募された取り組みのなかから、市民に対して動物福祉を伝えるという点で高く評価されるものや、市民との連携という点で優れていると評価されるものに対して贈られる賞です。第1回目の正田賞には、1人の高校生と長野市城山動物園とが連携した取り組みが選ばれました。詳しい選定理由については以下に記しますが、動物園や動物福祉に興味関心をもつ若い世代を育成する場として動物園が機能している事例であり、正田先生にも喜んでいただけるような取り組みに賞を贈ることができたのではないかと考えます。
※「S.P.I.D.E.R.モデル」とは、エンリッチメントを実行する上での一連の作業「Setting Goals(目標設定)」「Planning(計画)」「Implementing(実行)」「Documenting(記録)」「Evaluating(評価)」「Readjusting(見直し)」の頭文字をとったもの。(落合−大平 2009 「霊長類研究」参照)
> 募集の詳細はこちら(募集終了)
> 応募総数と審査方法
> 全応募はこちら[.pdf 128KB]
> 一次審査を通過した取り組みについて
大賞
埼玉県こども動物自然公園
「成長を続けるペンギンヒルズの変遷と未来に向けて」
フンボルトペンギンを野生に近い環境で飼育・展示するペンギンヒルズは、2011年にエンリッチメント大賞・施設賞を受賞しています。そのときの審査委員コメントは、「今後、ペンギンが施設に慣れ、事故や怪我、大きなストレスを受けることなく、生息地で見られるような陸上での行動が発現し、繁殖に結び付くことを期待します」と締めくくられています。それから約11年間、施設を作ったときに想定したことが実現できるように不断の努力を継続しているとともに、科学的データの蓄積・発表といった予想を超える成果まで上げられている点が高く評価され、2度目の大賞受賞となりました。
植栽の定期的な維持管理や南米の樹木の移植による生息環境の再現、群れで暮らす習性をもとにデコイ(個体を誘因する模型)の代わりである写真の設置などの工夫をおこなった結果、2013年には斜面や山の上の巣箱での繁殖成功に至りました。さらにその後は、飼育担当者が用意した巣穴ではなく、野生のフンボルトペンギンと同様に自力で掘った穴で営巣するペアも確認されています。また、採食記録や上陸割合、営巣地利用などのデータをはじめ、各エリアの温度測定、繁殖シーズンごとの巣の記録、毎朝の「いる場所チェック」によるペンギン同士の関係性分析などのデータを10年分蓄積し、いくつかの結果は大学との共同研究で学会発表もされています。こうしたまとめは地道な努力継続であり、生息地の環境の機能的再現ができているとともに、行動面でも野生のそれに近づいていることを裏付けています。
国内の動物園・水族館においては、ハード面では優れた施設ができあがっても時間が経つとその利点を活かしきれていないといった事例も散見されるなかで、このペンギンヒルズはみごとな発展を見せてくれました。今後は、すべてのペンギンが、野生と同じように自分で巣穴を掘って繁殖することを目指して、さらなる発展を期待します。
埼玉県こども動物自然公園
https://www.parks.or.jp/sczoo/
〒355-0065 埼玉県東松山市岩殿554
TEL:0493-35-1234
>応募内容 >受賞の声
努力賞
のぼりべつクマ牧場 動物課
「持続可能なエンリッチメントの取り組み」
クマ牧場やそれに類似する施設は多くの課題を抱えています。のぼりべつクマ牧場も例外でなく、現在70頭ほどのエゾヒグマが高いコンクリート壁に囲まれた放飼場と古く単純な構造の寝室で暮らしています。さまざまな制約が根本的に解消される見通しがない、困難な状況の中で、現場の飼育担当者たちがクマたちの福祉改善に地道に取り組んできたことが評価されました。
2020 年に一次審査を通過した際にもその努力に注目が集まりましたが、その際に受けた助言を参考にして飼育担当者が交代で毎日行動観察を行い、データを蓄積・分析をしたうえで、エンリッチメントの時期や内容が再検討されています。実際に異常行動が減少したことも、データによって明確に示されました。2021年には「動物福祉向上のための2023年ビジョン」を公表し、具体的な数値目標が設定され、現時点でほぼ達成の見込みとなっています。これらも現場の飼育担当者の努力の賜物でしょう。
また、以前から、同じように困難な状況下にある国内の他のクマ牧場の底上げにも貢献していくことを念頭に置き、ノウハウの確立や情報発信を意識した取り組みが進められています。特に今年はコストパフォーマンスの評価という視点も導入されました。制約のある中で、目の前の動物のためだけでなく他の施設で暮らすクマたちのことも常に忘れずに、心折れることなく持続可能なエンリッチメントを模索し続けている飼育担当者たちの努力は表彰に値します。
日本には全国各地にクマ牧場がありますが、この表彰が契機となり全国のクマ牧場の設備等のハード面での制約が少しでも改善されることを願うと同時に、こうした施設の将来のあり方について議論が深まることに期待します。
のぼりべつクマ牧場
https://bearpark.jp/
〒059-0551 北海道登別市登別温泉町224
TEL: 0143-84-2225
>応募内容 >受賞の声
正田賞
高校生・野池真緒さんと長野市城山動物園
「エンリッチメントに協力して取り組んだ高校生と動物園」
1人の高校生が、動物園の協力のもと、エンリッチメントを学びながら企画・実行・普及を実践した取り組みです。今年度はじまった「正田賞」の第1回目は、高校生の熱意ある取り組みと、その活動の場を提供した動物園との連携関係の双方に贈られることとなりました。
学生は、高校の「課題研究」のテーマとして、過去に動物園を訪れて興味をもった「環境エンリッチメント」を選択しました。エンリッチメントについて学び、地元の動物園の動物福祉水準を向上させ、動物福祉やエンリッチメントについて発信したいと思ったのがきっかけです。一方、城山動物園は飼育動物の飼育環境をより良くしたいという思いがあり、その共通の目的のもと、地元の学生の要求に応えて知見や実践の場を提供しました。
活動は2年度にわたり、初年度の反省を活かして2年目の企画をするなど、動物園側のサポートのもとで経過観察や試行錯誤を頻繁におこないながら実行していきました。さらに、学んだことを資料にまとめ、他の学生の前で発表しました。発表内容はエンリッチメントや動物福祉に取り組む動物園の存在を知ってもらうことに留まらず、動物園での動物福祉そのものを考えさせるものであり、校内で表彰をされるなど高校の教師や周りの生徒に大きな反響がありました。企画したエンリッチメントの取り組みについて来園者に伝える掲示物も自作しており、この点も評価の対象となりました。
採食エンリッチメントの一環として魚を生き餌として用いたこともありましたが、捕食される魚に苦痛を与えるものであるため容認されないという近年の動物園界の国際的な潮流があることを理解したのちには、手法の再検討をしています。動物を観察するなかで対象の個体が文献にはない行動をした際に専門家に問い合わせるなど、最新の知見を取り入れながら柔軟に取り組もうとする努力もみられます。学生が高校卒業したあともエンリッチメントが動物園に引き継がれ、発展していくことを期待します。学生が自ら学び・成長する場として動物園が機能し、密接な関係づくりがなされ、エンリッチメントの普及や発展につながった事例として、第1回目の正田賞にふさわしい取り組みだと考えます。
長野市城山動物園
https://johyama.com/
〒380-0802 長野県長野市上松2丁目1-19
TEL:026-233-0586
>応募内容 >受賞の声
※応募時は「ゴイサギのための採食エンリッチメント水槽」という内容でのエントリーでしたが、審査委員会での協議の結果、個別の取り組みではなく連携関係全体に授賞することとなりました。
市民ZOOネットワークでは、環境エンリッチメントの試みを、市民が理解し、評価し、応援する社会づくりを目指し、今後もエンリッチメント大賞を継続していきたいと思っています。