Overview

総評

エンリッチメント大賞も今年で10回目を迎えました。今年は全国から54件の取り組みに対して57件の応募(いくつかの取り組みに複数の応募がありました)があり、そのうち9件が一次審査を通過しました。

一次審査を通過した取り組みについては、スタッフが現地を訪問し、関係者にインタビューをするなどして、追加調査を実施しました。追加調査の結果をもとに、9月24日に二次審査の場となる審査委員会が開催され、今年は以下の3件が大賞に選ばれました。

選ばれた3件の取り組みは、どれもその園館ならではの取り組みであり、10年目を迎えるエンリッチメント大賞に相応しいものとなりました。

Winners

受賞した取り組み

動物園人賞

愛媛県立とべ動物園愛媛県

椎名修さん

ゾウは本来母系の群れで暮らし、出産・育児は、群れのメンバーのサポートを得ておこなわれます。しかし、日本の動物園では1〜3頭で飼育するところが多く、出産・育児もうまく進む例が少ないのが現状です。

椎名さんは直接飼育によって、ゾウとの密接な個体関係作りを進めてきました。そして出産にあたり、自分が仲間のゾウの代わりとなってサポートをしてきました。第一子は母親が育てなかったためやむなく人工保育に切り替える結果となりましたが、その時の経験を糧に、第二子は母親が育てるように誘導しました。さらには、第一子も、母親と一緒に暮らせるように誘導することに成功しました。現在は子ゾウが2頭、母親のもとで安心して遊ぶ様子が見られます。時折、父親と母子を同じ放飼場に出して、生活に変化を与えています。

椎名さんの手法がすべての施設、飼育個体、飼育担当者に普遍性をもって応用できるかどうかは議論の余地がありますが、「普通の暮らしができるようにする」、そのために「足りないものを補う」という椎名さんの考え方は、確かに飼育個体の福祉への配慮に基づいたものです。個体への福祉=エンリッチメントではありませんが、本来、出産、育児が困難な環境にありながら、それを実現させるための日々の行動と努力が、現在の小さな“群れ”の構築という形で実を結んだ事実が評価されました。

今後、やっと形成された母親と子ども2頭の小さな”群れ”を継承・発展させるために、より豊かな環境の創出と後進の指導に期待します。

愛媛県立とべ動物園

(えひめけんりつ とべ どうぶつえん)

所在地
〒791-2191 愛媛県伊予郡砥部町上原町240
TEL
089-962-6000
Winner's Voice

受賞の声 ―

栄誉あるエンリッチメント大賞「動物園人賞」の受賞者に選んでいただき大変光栄に思います。

私自身エンリッチメント大賞とは無縁と考えておりましたが、この度はこのような形で評価していただきありがとうございます。私とゾウとの関係は30年ほどになり、現在は親子4頭のゾウたちに囲まれ生活しております。ゾウの管理方法はその飼育環境や個体により様々であり、当園の飼育方法もウチの個体ならではの扱い方になっています。今回の受賞理由はゾウの飼育者・動物園人として評価していただいたものと考えております。今後もこの賞に恥じないようにゾウと向き合い、より良い関係を築きながら飼育管理に努めたいと思います。

愛媛県立とべ動物園 アフリカゾウ担当 椎名修

施設賞

埼玉県こども動物自然公園埼玉県

ペンギンヒルズ

ペンギンの施設というと、以前は南極や氷の上をイメージさせるような白っぽいコンクリートで囲まれた施設ばかりでしたが、近年、温帯に暮らすペンギンの施設については、その生息地の環境要素に配慮したグアノ(糞化石)層を模した岩場などを表現したものが次々とオープンしています。そんな中、2011年4月にオープンしたペンギンヒルズは、南米に住むフンボルトペンギンの飼育施設であり、モデルとなった生息地は、フンボルトペンギンの南限の生息域である「緑豊か」な南米チリのチロエ島です。

ペンギンたちが遊泳することのできる大きさと深さ、造波装置のあるプールはもちろん、地形を利用した高さ4m以上の緑の丘があり、ペンギンは自由にプールとこの丘の斜面を行き来し、穴を掘り、営巣することができます。敷地の一部に来園者が入れるようにしたことで、広い飼育スペースを確保しました。ペンギン自身が人との距離を自由に取ることができるような工夫がされています。

しかし、これまで別の施設の比較的狭いスペースで暮らしていたペンギンたちは、まだ広い土の陸地に慣れておらず、現在のところ、これらの工夫を利用していません。今後、ペンギンが施設に慣れ、事故や怪我、大きなストレスを受けることなく、生息地で見られるような陸上での行動が発現し、繁殖に結び付くことを期待します。

埼玉県こども動物自然公園

(さいたまけん こども どうぶつ しぜんこうえん)

所在地
〒355-0065 埼玉県東松山市岩殿554
TEL
0493-35-1234
Winner's Voice

受賞の声 ―

エンリッチメント大賞をいただき、大変ありがとうございます。

「広々とした場所でフンボルトペンギンをのびのび飼育したい・・・」6年前から描き始めたペンギンの展示は、数年にわたりその構想を固め、今年の4月に「ペンギンヒルズ~フンボルトペンギン生態園~」としてオープンすることができました。上田一生氏をはじめ多くの方たちの多大なるご協力に、心より感謝をしております。

ペンギンヒルズには造波装置を設置し、海の中で波にゆられて泳ぐペンギンのようすを再現しました。また、緑におおわれた丘を繁殖コロニーとし、野生での生息環境に近づけました。この冬はじめての繁殖シーズンを迎えますが、彼らがこの場所を巣穴として認め、繁殖につなげてくれることを願っています。

まだ新しい展示のため、受賞の知らせにはとても驚きましたが、この賞に恥ずかしくないように、土の上でくらす生き生きとした姿をみせ続けられたらと思います。

埼玉県こども動物自然公園 園長 日橋一昭

特別賞

東京都葛西臨海水族園東京都

水流への取り組み

プランクトンを水槽内に拡散させる「間歇的給餌器」として、水流にランダムな変化を与える装置として、「ししおどし」という日本古来の技法を利用したことがユニークでした。この工夫により、ヤギやトサカなどのサンゴ類に程良い水流で満遍なく餌が行きわたるだけでなく、同居する魚などにも野生と同様の複雑に水が動く環境を提供できていると推測されます。この他にも、シュモクザメの水槽では、押し流されてケガをするのを防ぐために水流を少なくするなど、水流に対する配慮は各水槽、各動植物になされています。管理が困難であるために、国内の多くの施設ではイミテーションが用いられているようなジャイアントケルプやアマモなどの植物の発色が良く、再生産されていること、サンゴも健康に成長していることからも、こうした水流への配慮が良い影響を与えているようです。

動物園の水槽内の動植物の多くは、長期間にわたって維持管理することが難しいため、次々に野生から採取してきているのが現状ですが、葛西臨海水族園での水流への取り組みは結果として、野生からの搾取を減少させていることとなり、この点でもこうした取り組みは重要です。

今回の受賞は、葛西臨海水族園での「ししおどし」に代表される各動植物のための「水流への取り組み」を評価したものです。魚や無脊椎動物などに対しての環境エンリッチメントは、まだ模索の段階ですが、「水流への取り組み」は、これからのこの分野のエンリッチメントのひとつの方向を示唆しているのではないでしょうか。今後も研究を重ねていかれることを期待します。

東京都葛西臨海水族園

(とうきょうと かさい りんかい すいぞくえん)

所在地
〒134-8587 東京都江戸川区臨海町6-2-3
TEL
03-3869-5152(
Winner's Voice

受賞の声 ―

固着性の水生生物の生息条件の中でも、水の動きは水質や光条件とともに非常に重要な要因です。水族館やホームアクアリウムでも水質や光、栄養条件を満足させても飼育できない生物がたくさんあります。

葛西臨海水族園で飼育した無脊椎動物は、開園当初の平成元年の125種から平成6年には744種を数えるようになり、平成13年ごろにはイシサンゴ類の育成にも成功しました。また、海草類・海藻類では、育成が困難とされたアマモや大型褐藻類の長期育成や繁殖にも成功することができました。この数々の成功の裏には、水質の維持管理や各種の光合成色素を考慮した波長と光量確保など光条件の管理の他に、今回の受賞テーマである「水流への取り組み」があります。

今回の受賞の発端は、刺胞動物の八放サンゴ類を収容してある伊豆諸島の水槽に設置した「ししおどし」でした。この「ししおどし」は、水流の刺激により刺胞動物のポリプを開かせることを目的として南アフリカ水槽に設置したものでしたが、転用先の伊豆諸島の水槽では、水槽に入れた餌用の動物プランクトンを水槽全体に広げる効果も期待して使用しています。この「ししおどし」方式の飼育水の撹拌は昔から水族館で行われている手法で、特段目新しいものではありません。そこで、今回のお話が持ち上がり市民ZOOネットワークの方が実見に来られた際に、本園で行っている飼育水の動きの制御についての取り組みについてご説明したところ、今回の受賞となりました。水族園で人為的に制御している代表的な水の動きは以下のようなものがあります。

今後も水生生物の本来の生息環境を充分考慮して飼育下環境で生物を健康に飼育できるよう、飼育環境の整備に努力したいと思っております。

(1)イシサンゴ類:サンゴ礁域では波浪や潮の干満により様々な方向の流れが生じている。固着生活をするイシサンゴ類にとっては、様々に方向が変化する流れは動物体がシルトなどに覆わないようにする重要な環境因子となっている。この流れを再現するため、水族園のイシサンゴ類水槽では電磁弁を使用して2時間から4時間ピッチで一日8回水槽内の流れの方向を変えている。

(2)ウメボシイソギンチャクやコアマモなど:潮間帯生物は潮の干満により定期的に空中に曝露される環境に生息する。水族園の砂浜と磯場・潮溜りを備えた水量220トンの水槽では、大型造波装置と50トンの水を自動制御で出し入れして潮位変化を再現するための地下タンクを設置し、定期的に乾出する潮間帯生物の飼育環境を再現している。

(3)ジャイアントケルプなどの大型藻類:藻類、特に大型になる褐藻類は、呼吸や栄養塩の吸収のほか、シルトが藻体を覆わないよう、常に藻体と接する飼育水が相対的に流動している必要がある。この水の動きは、ノズル方式の水の噴出ではなく、自然の海のように水槽内の水が一体となって動く必要があるため、水槽内の擬岩に組み込みピッチとストロークを調整できるシリンダー方式の造波装置を設置して水の動きをコントロールしている。

(4)河川中流域の魚類:通常、河川中流域では、一蛇行区間に流速が異なる淵・早瀬・平瀬という河床形態がセットになって出現し、魚類によってそれぞれ利用する河床形態が異なることが知られている。全長200m、水量630トンの水族園の人工河川は、河川中流域の河床形態を備え、飼育水は最下流部の水を最上流部へポンプアップして流下させている。人工河川で多摩川中流域在来の魚を15種ほど導入し、11種が産卵し9種が世代交代していると思われる。この中にはレッドリストに記載され、日本動物園水族館協会の繁殖表彰を受賞したギバチやジュズカケハゼなどが含まれる。

東京都葛西臨海水水族園飼育展示課 課長補佐兼飼育展示係長 櫻井 博

Session Data

2011年の開催データ

募集期間
2011年5月1日 〜 6月30日
応募総数
57通
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 正田 陽一東京大学名誉教授
  • 松沢 哲郎京都大学霊長類研究所教授
  • ロニー・アレキサンダー神戸大学大学院国際協力研究科教授
  • 川端 裕人作家