Overview

総評

エンリッチメント大賞は今年で14回目。多くの方のご支援のもと、今年も大賞を決定することができました。全国から33件の取り組みに対して42通の応募があり、そのうち10件が一次審査(書類選考)を通過しました。一次審査を通過した取り組みについては、スタッフによる現地調査をおこない、審査委員らによる二次審査(審査委員会)を10月10日に開催しました。その結果、大賞2件、奨励賞1件が選ばれました。

大賞を授賞したのは、上野動物園と天王寺動物園です。上野動物園は2012年より継続して応募があり毎年審査委員会の話題にあがっていた「ゴリラ」の取り組みが、満を持しての受賞となりました。天王寺動物園では、多様な動物種でエンリッチメントがおこなわれ、それが来園者にまで伝わるようになって来たことが評価されました。マングースやムフロンといったあまりエンリッチメントが注目されない動物種でのエンリッチメントは、今後の飼育においての基本となることが期待されます。奨励賞は、しものせき水族館のテッポウウオの採餌です。テッポウウオという魚類の生態についてだけでなく、餌となるアリについての生態を調べ上げ、行動調査をおこない、エンリッチメントの効果を調べ上げていることが評価されました。

いずれも動物たちの「わくわく感」が来園者に伝わる素晴らしい取り組みとなりました。また、どの飼育現場でも現状で満足せず、試行錯誤を繰り返しながらさらに高みを目指している各担当者の姿勢が伝わり、大きく評価されました。今後も、動物たちの幸せな暮らしを追求し続ける取り組みに、期待したいと思います。

Winners

受賞した取り組み

大賞

東京都恩賜上野動物園東京都

ゴリラの群れづくり ・飼育改善の継続

日本で初めてゴリラの24時間の群れ飼育に取り組み、群れ内での出産、成長という成果が観察されていること、そしてこれらの取り組みが組織として継続されていることが評価されました。

日本のゴリラが減少の一途をたどっている大きな原因として、幼少期に群れで暮らさなかったことが指摘されています。上野動物園はゴリラの群れ作りをすすめ、日本で初めて2012年から24時間、昼夜を通しての群れ飼育を始めました。これは、「夜間、事故があると管理できない」などといった日本の動物園での“常識”を打破し、海外での飼育基準を取り入れたものと評価できます。また、ロープや藁の追加など物理的な環境改善はもちろん、食事の改善を中心とした科学的な栄養管理を実施し、各個体の適正な体型作りにも取り組んでいます。このような取り組みが、群れ内での出産、育児という結果につながったと思われます。研究者と連携した継続的な観察によっても、子ども達が母親以外のメスと接触を含む関わりを増やしていることが確認されています。これらの取り組みが組織として行われ、飼育担当者が変わった現在も継続されていることも評価されました。

今後は、「日本のゴリラ飼育マニュアル」の作成を通じて、欧米の先進的な飼育技術や知見を多く取り入れながら、日本の気候風土に合った飼育方法を確立し、国内ゴリラ飼育園のネットワークづくりを進めることを期待します。

東京都恩賜上野動物園(とうきょうと おんし うえのどうぶつえん)

所在地
〒110-8711 東京都台東区上野公園9-83
TEL
03-3828-5171
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

当園のニシゴリラを常時群れで飼育する試みを始めてから4年が経とうとしています。ニシゴリラでは群れのメンバーと共に寝て、食べて、遊び、一緒に移動するといった常に他個体を意識し、共に行動する生活様式は野生でも日常的に見られる習性ですが、飼育下でもこのような生活を再現することでシルバーバックである“ハオコ”のリーダーとしての行動、さらに“コモモ”や“モモカ”の成長過程での学習に大きな影響を与えていると考えられます。また、群れでの飼育を始めたことに伴い、展示時間中の一時的な全頭の室内収容を含めた給餌内容・方法の変更、個体ごとに健康チェックや投薬を行えるようにするためのトレーニングも行い、ゴリラたちが自発的に動き、なるべくストレスを与えなくて済む飼育管理が行えるようにも努めてきました。

これらの取り組みは海外の動物園での飼育管理方法をベースに当園の施設や飼育個体に合う方法を模索しつつ行われてきたものですが、ニシゴリラの野生での調査が進むにつれ、他園でも日々新たな取り組みや試行錯誤が行われており、当園の飼育方法もまだまだ途上である、といった気持ちを持たざるを得ません。

この度、賞を頂戴致しましたことを機に、改めてゴリラたちにとって何が本来の、そして快適な生活なのか、という視点を持ち続けつつ、より良い飼育方法を考えていきたいと思っておりますので、今後とも皆様からの更なるご指導、ご教示を賜りたくお願い申し上げます。

飼育展示課 東園飼育展示係 廣田 敦司

大賞

大阪市天王寺動物園大阪府

多様な動物種での環境エンリッチメント

幅広い動物種で、多様なエンリッチメントを試みられていることが評価されました。コビトマングースでは、落ち葉を集めた「がさごそプール」や、給餌遊具を置く「マングーステージ」が設置され、種固有の採食行動を引き出しています。ムフロンでは、突くと餌が落ちる「じゃらじゃらボトル」が活動量を増やし、採食時間の延長に貢献しました。クロサイでは、目隠しや餌の設置法の工夫で固定化した行動の脱化に成功し、行動範囲が広がりました。ホッキョクグマでは、季節によって展示時間や餌の量を変化させるなどの努力で、常同行動が軽減し、繁殖にも成功しました。ジャガーは水辺や沼地を好むため、プールやシャワーを設置しました。ヨウスコウワニでは、湿地を作り、水温や水位・土の量や湿度を制御して、屋外での繁殖を目指しています。いくつかの動物種ではハズバンダリートレーニングも進め、クロサイでは獣医師と協力して無麻酔で採精できる可能性も見えてきました。鳥の楽園では給餌時に笛の音を取り入れ、鳥たちが3200㎡ある施設を飛来するようになりました。

どのエンリッチメントも小さな工夫ですが、不用意なエンリッチメントは事故にもつながるため、動物の生態や個体の性格などを知らなければ成功しません。現場レベルでの小さな地道な努力の積み重ねは、多くの飼育担当者や動物種に波及しており、園内での広がりが見られます。その努力が動物園ファンの理解にもつながっていることが、来園者からの熱心な推薦が近年、大きく増えていることからも分かります。審査委員会でも、動物たちのようすを示す写真や動画から「わくわく感」に浸ることができました。

大阪市天王寺動物園(おおさかし てんのうじどうぶつえん)

所在地
〒543-0063 大阪府大阪市天王寺区茶臼山町1-108
TEL
06-6771-8401
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

この度はエンリッチメント大賞という栄誉ある賞をいただき、たいへん光栄に思います。

私は2014年4月にクロサイ担当になった当初、ひとつの目標を持って仕事に取り組みました。

それは以前から言われていた、「クロサイが見えない」状況を改善することです。

今のグラウンドはお客様から死角になる部分があり、よくそこに入り込んでしまうのです。単独生活者のクロサイにしてみればそこで休憩するのが居心地が良いのです。

しかし水をかけるなどの圧力をかけてお客様から見えるエリアに追い出すのではなく、動物が自発的におもてへ出向くようになることを目指してエサの配置や与える時間、与え方、配分などを考え、今のやり方に行き着きました。

また、同時期に担当になったマングースやムフロンでも、なにか彼らの退屈な時間が減るようなことができないか?と考え、いろいろな園館のやり方を参考にした結果、”ゆすったり転がしたりすれば少しずつエサが手に入る”フィーダーにたどり着きました。

このやり方は特に目新しいものではなく、むしろどちらかというとオーソドックスなものだと思います。

それで大賞をいただくのは少し気が引けますが、エンリッチメントはオリジナリティーを競うものではなく、当該動物にとって有効かどうかが最も重要なことだと思っていますので似たような取り組みがあちこちに広がり、数年後には一般的なことになればいいなと思います。

そうなる前に受賞できたことは私にとってラッキーなことだと思います。

いろいろなアドバイスをくれたり道具を提供してくれたたくさんの方のおかげです。

感謝します。

ありがとうございました。

大阪市天王寺動物園

油家 謙二

今回、当園の現場の担当者が積み重ねてきた努力を高く評価していただき、とても感激しています。

環境エンリッチメントやハズバンダリートレーニングは、動物園が適切な飼育管理を行っていくために、今や不可欠な技術だと思っています。当園においても、この分野の技術力を更に高めていかねばなりません。他園との情報交換も積極的に行っていかねばなりません。当園の取り組みはまだまだ発展途上だと言うのが正直なところですが、今回の受賞を糧に、更なる高みを目指したいと思います。

ありがとうございました。 大阪市天王寺動物園 園長 牧 慎一郎

奨励賞

下関市立しものせき水族館山口県

テッポウウオにおける摂餌生態展示

テッポウウオの特徴的な摂餌行動である「水鉄砲」を常に発現できる機会をつくる斬新なアイデアと、テッポウウオだけでなく餌であるアリの行動についても調査し、エンリッチメントの効果を客観的かつ緻密に評価している点が評価されました。

テッポウウオは以前から水族館で多く飼育される魚類ですが、その特徴的な摂餌行動は、解説に際して餌を与える時など、限られた時間にしか発現できないことが一般的でした。しかし野生では、テッポウウオはいつ獲物が手に入るか分からない緊張感の中で生活しています。そうした環境に近づけるべく、水槽上部に、餌となるアリを歩かせる回廊を設置しました。

回廊の高さやアリの投入量・回数などは、繰り返し実験と観察をおこない、試行錯誤の末に現在の方法に至りました。アリの湿度への嗜好性を利用して移動行動を調整したり、アリを透明チューブの外側と内側に分けることで、アリの大量消費を抑えつつ、間断なく摂餌行動を引き出す工夫もされています。その結果、摂餌時間の延長につながっていました。丹念な観察と科学的評価が繰り返されている点も評価されました。

魚類の「幸せ」は評価が難しく、エンリッチメントの効果も分かりづらいものです。実施された客観的な評価は、まさにエンリッチメントで重要なSPIDERモデルに則ったものであり、魚類のエンリッチメントの新しい形態を期待させるものとして、奨励賞にふさわしいと評価しました。

下関市立しものせき水族館(しものせきしりつ しものせきすいぞくかん)

所在地
〒750-0036 山口県下関市あるかぽーと6番1号
TEL
083-228-110
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

この度は、奨励賞をいただきありがとうございます。テッポウウオの水鉄砲を飛ばすという独特の摂餌行動は、一般の方にも広く認知されており、全国でも多くの施設で生体の展示や給餌解説が行われています。今回の展示を始めたきっかけは、給餌解説を行っている時間以外に、この摂餌行動を来館者へ見せる良い手段は無いかと考え始めたことでした。給餌解説が行われていない時間は、めったに水鉄砲を飛ばすことはないため、来館しているほとんどの方が観察することができません。これでは、生体を展示している意義が薄れているように感じました。

これまでの、動かない冷凍のエサを使って給餌解説をしていた時には、飼育スタッフがエサをつけはじめると、テッポウウオもソワソワしはじめ、水鉄砲を飛ばしていましたが、アリを使った展示を始めると、いつアリが来るのかと、水槽の周囲を動くものをよく観察するようになり、水槽の上で作業しているスタッフめがけて水鉄砲を出してくることもあります。

過去のエンリッチメント大賞を見返してみると、魚類について受賞しているものは、今回が初のようです。水族館では大型の哺乳類や鳥類に限らず、魚類に対しても、その生態を見せる為に、照明、水流、水温、底質、エサの種類、給餌方法など、さまざまな工夫を行っています。それは、その生き物の生態を来館者へ伝えたいという思いから始めることが多いのですが、中には、結果的に動物の暮らしを豊かにする環境エンリッチメントもたくさん含まれていると思います。

これからも、動物福祉と、来館者へその生き物の魅力を伝えていくことを両立できるように、努力したいと思います。

下関市立しものせき水族館 展示部魚類展示課 園山 貴之

Session Data

2015年の開催データ

募集期間
2015年5月1日 〜 6月30日
応募総数
42通(33件の取り組みに対し)
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 岩田 惠里いわき明星大学 教授
  • 川端 裕人作家
  • 幸島 司郎京都大学野生動物研究センター 教授
  • 正田 陽一東京大学 名誉教授

2015年の全応募一覧を見る(PDF)