Overview

総評

エンリッチメント大賞2024には、25件の取り組みに対して全国から26件の応募がありました。そのうち6件が一次審査(書類選考)を通過し、スタッフによる現地調査やリモートヒアリングを経て、9月23日に二次審査(審査委員会)がおこなわれました。その結果、奨励賞2件、正田賞1件が選ばれました!

今回は2023年度に続いて大賞が「該当なし」となりました。エンリッチメントの取り組みが浸透してきた結果、「これぞ大賞」というものが見つけづらくなり審査が難しくなってきていることは、ここ数回毎年のように審査委員会の悩みの種となっています。そのような状況で今回一次審査を通過、あるいは受賞対象となった取り組みはいずれも、空間・採食・感覚といったエンリッチメントの“王道”たる要素がしっかり意識されたものでした。評価基準がどんどん複雑化していくなかで、改めて“エンリッチメントの本質”を大切にしたいという審査委員会の意思のあらわれでもあります。なかでも受賞に選ばれた3件は、種や個体の特性に配慮しながら福祉向上についての評価・検証をしっかり実施する、というエンリッチメントの基本が「組織的」かつ「継続的」に行われていくであろうと期待できるものでした。また、エンリッチメントも含めた飼育管理を適正に進めるうえでの基礎となる日常の情報の記録・共有の方法を見直し、その電子化などを進め、集計や参照が困難な手書きの飼育日誌からの脱却を図っているのも推奨される点です。惜しくも受賞を逃した取り組みでも、ICT技術を活用した動物の行動管理など、これらがもっと普及すれば日本の動物園・水族館の未来を大きく変えてくれるのではないかとワクワクさせられるものがありました。

公立施設の多いわが国の動物園・水族館では、飼育施設が動物の生態や行動に合うものになっていなかったり、担当者が変わるとエンリッチメントの取り組みがリセットされてしまったりすることが少なくありません。今回受賞した取り組みは、それらの困難に立ち向かう現場と組織の膨大な努力が評価されたものであり、今後、日本の動物園・水族館がもつ根本的問題も一緒に解決されていくことを期待します。

Winners

受賞した取り組み

奨励賞

東京都恩賜上野動物園東京都

「アイアイのすむ森」

木につかまり大きな目でこちらを見るアイアイと、枝からぶら下がって採餌するクロシロエリマキキツネザル、子どもを背負ったキツネザル

「アイアイのすむ森」における環境エンリッチメントおよび配置転換や人材流動を前提とした取り組みのマニュアル化や事例の共有化の仕組みづくりが評価されました。

「アイアイのすむ森」には、行動様式が独特でマダガスカルだけにすむ動物たちが暮らしています。アイアイでは、海外の論文を参考に栄養改善がおこなわれ、細長い第3指を使った採餌や、徹底した遮光、来園者通路側からの刺激の抑制等により、睡眠障害の改善に成功しました。クロシロエリマキキツネザルでは、野生と同様に後肢でぶら下がって採餌ができるようにした結果、後肢の発達を促すことができました。さまざまなエンリッチメントが海外の施設や野生下で得られたデータ等に基づいて実施されており、ここで得られた結果は Madagascar Fauna and Flora Group(MFG)を通じて間接的にマダガスカルの保全にも貢献しているといえます。また、「アイアイのすむ森」に限らず、園内で取り組まれている様々な動物種に対するエンリッチメントを事例集として集積・共有する仕組みをスタートさせています。

上野動物園は様々な点で日本のリーディングZOOとしての役割を担っています。環境エンリッチメントの分野においても、上野動物園で始まった事例集による仕組みづくりがそれぞれのエンリッチメントを継続的な取り組みとするためのツールとして機能し、全国に波及していくことを期待します。

所在地
〒110-8711 東京都台東区上野公園 9-83
TEL
03-3828-5171
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Winner's Voice

受賞の声 ―

この度は、市民ZOOネットワーク 環境エンリッチメント大賞2024「奨励賞」を賜り、大変光栄に感じております。同時に名誉ある賞に恥じぬよう身の引き締まる思いです。

評価をいただいた委員の皆様のコメントにもありましたとおり、我々の取り組みは終わりがあるものではなく、まだ道の途中であります。「彼らのよりよい福祉とはなにか」を常に頭に浮かべて飼育担当者は飼育管理をしております。これからは一つ一つ得られた成果を発信していくことに力を入れていきたいところです。

アイアイは日本では上野動物園でしか飼育しておらず、世界でも飼育数の少ない動物です。そのため大きな責任を感じることもありますが、それ以上にユニークな特徴や行動の面白さが、飼育担当者の好奇心をくすぐり続けてくれる動物でもあります。門歯が伸び続けるアイアイに、いかにして歯を削ってもらうか。キツネザルたちの、後ろ足でぶら下がった野生での採食行動を来園される方に見てもらうにはどうしたらいいのか。我々の考えたエンリッチメントによって、想像通りの行動をしてくれた時は飼育担当者冥利に尽きる瞬間です。

今後もより一層アイアイ、キツネザルの福祉の向上、世界に誇れる飼育管理レベルの向上を目指していく所存です。推薦していただいた皆様、評価をしていただいた先生方、市民ZOOネットワークの皆様にはこれまで以上にあたたかいご声援をいただきたく思います。この度の受賞について、深くお礼を申し上げます。

公益財団法人東京動物園協会 恩賜上野動物園 飼育展示課 木岡 真一

奨励賞

和の森 わんぱーくこうちアニマルランド高知県

こじゃんと取り組む!エンリッチメント

草を茂らせた展示場を歩くサーバルと、飼育担当者が手作業でプールを施工する様子、木の根の間に立つニホンアナグマ

コンクリートの床や鉄格子の檻など限界の多い飼育環境の中で、エンリッチメントを実施し、動物の健康と福祉改善を目指しているところが評価されました。

わんぱーくこうちアニマルランドは昔ながらの小さな動物園で、入場料無料で子ども連れも多い、地元から愛される動物園です。園内は古く単純な構造の飼育施設がほとんどで、動物たちの行動にも問題が多かったために園内総エンリッチメント計画がおこなわれました。

動物種ごとの特性に配慮されたエンリッチメントが、空間・採食・感覚と多岐に渡って、S.P.I.D.E.R. モデルに従ってしっかり回されました。他園からの情報や来園者からのアドバイスも柔軟に取り入れ、複数の飼育職員によって組織として取り組んだことも高い評価を受けました。こうした取り組みの結果、サーバルやアナグマなどで実際に異常行動が減少したことがデータによって示されました。

抜本的な施設改善の見通しがない状況の中で、現場の飼育担当者たちが動物たちの福祉改善に地道に取り組んできたことは評価に値します。一方で、飼育環境の問題を解消しつつ動物の幸せを維持するためには毎日多大な努力が必要となっていて、現場の努力にも限界があることは明らかです。この受賞により、市民が動物たちの幸せについて考え、設置者である自治体と共に根本的な改善への一歩を踏み出すきっかけとなることを強く望みます。

※ タイトルの「こじゃんと」とは、高知の方言で「徹底的に」を意味します。

所在地
〒781-8010 高知市桟橋通 6-9-1
TEL
088-832-0189
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

このたびは奨励賞をいただきとても光栄に思います。当園は開園31年になる都市型の小さな動物園です。お世辞にも広くてのびのびできる素敵な展示場!とは言えません。しかし、「四国産動物といえばわんぱーく」と言ってもらえるほど、地域の方から愛され、動物を身近に感じることができ、市民を大事にする動物園です。

そんな施設の中で、動物の魅力を引き出し、生き生きしている姿を見せたい。その頑張りが今回奨励賞という形になり、とても嬉しく思います。

今回は、問題行動の解消やその動物の魅力、本来の行動を引き出すために様々なエンリッチメントを導入し評価しました。今回対象となったサーバル舎では、ほとんど自然的な要素のなかった展示場に土や木を入れ、コンクリで補強し、病気に対応して新鮮な飲み水を提供できるようにしました。また屋外でもトレーニングを可能にし、すべて担当者の手作りで作り上げてきました。アナグマ舎では、アナグマの野生下の行動を再現するように浅いプールを作り、そこで涼をとる姿を頻繁に見ることができるようになりました。土を大量に入れたことで穴掘り行動も増加しました。意外に人間の近くに生息しているアナグマは、牧場などでは休息時にU字溝などの人工物も利用することが知られています。「人との共生」というメッセージを込めて、あえてU字溝を設置しました。

そして今回は市民の方に意見を募り、動物の行動を見てもらえるように工夫しました。この取り組みは、現在まだ途中ですが、市民の方から他薦していただけるほど、関心をもってもらえたことをとても嬉しく思っています。

賞を獲ったから終わりではなく、更に上を目指して努力し、こんな小さな動物園でも、野生を感じられるような魅力あふれる動物園を目指して頑張っていきたいと思います。今回他薦応募していただいた市民の方、アンケートに協力して下さった来園者の方々に心より感謝申し上げます。

和の森 わんぱーくこうちアニマルランド 小獣舎担当 門谷真奈・小松史弥

正田賞

日立市かみね動物園茨城県千葉市動物公園千葉県茨城大学動物園学研究拠点 Zoo Science Hub

動物園学研究拠点:地域の大学との協働活動を軸とした連携の取り組み

枝を口にするクロサイと、岩場を歩くアカハナグマ、展示場の前で観察・記録をする来園者

「茨城大学動物園学研究拠点 Zoo Science Hub」は、かみね動物園と茨城大学の学術連携(2015年開始)を基盤とし、2020年に千葉市動物公園も加わって結成されました。「かかりつけの研究機関」としての役割を担う茨城大学が動物園をバックアップしていく連携スタイルで、双方の学びの機能を向上させる共同研究活動を展開しています。

一般に、動物園と大学との関わりは、過去には必ずしも良好なものばかりとは限らず、関係のバランスがどちらかに偏っていたり、一時的な関係で終了ということも多くありました。しかし、今回のこの研究拠点では、3者がそれぞれ主体的に参画し、それぞれの得意分野を活かして組織的・継続的に連携している点が特徴的です。さらに、この連携のもとで実施された30件以上の研究事例を見てみると、エンリッチメントに関するもので約2割、広く動物福祉に関与するものまで含めると半数以上に達します。連携関係が両動物園の動物福祉向上やエンリッチメントの効果検証に寄与してきたことは間違いありません。また、活動の記録・共有・公開のため、2024年3月には学術紀要「Zoo Science Journal」も創刊されました。これによりエンリッチメントの手法を個人の技術で終わらせずに記録に残していくことや、飼育担当交代時に動物の状態や進行中の研究の引継ぎがしやすくなり、結果として動物のケアの質を高めることにも貢献していくでしょう。

このような連携関係が継続し、広がっていけば、動物園のエンリッチメントがより良いものになっていくと期待できる点が高く評価されました。動物たちのため、動物園と大学が対等な関係を築いて協働するというのは、正田陽一先生が目指してこられた理想の一つでもあります。この連携関係の構築は、3回目の「正田賞」にふさわしい取り組みだと考えます。

日立市かみね動物園

所在地
〒317-0055 茨城県日立市宮田町 5 丁目 2-22
TEL
0294-22-5586

千葉市動物公園

所在地
〒264-0037 千葉県千葉市若葉区源町 280 番地
TEL
043-252-1111

茨城大学動物園学研究拠点 Zoo Science Hub

応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

この度は栄えあるエンリッチメント大賞2024「正田賞」を受賞賜りありがとうございました。先ずは推薦下さった方、そして審査にご尽力頂いた市民ZOOネットワークの関係者の皆様にお礼申し上げたいと思います。また大賞ではなく正田賞という、日頃動物たちの環境向上にご尽力された正田先生の遺志を継いで創設された賞であることは、動物園に携わる者にとってはこの上ない名誉ある賞ではないかと思料いたします。

当園は2012年と2016年の2度大賞を賜り、今回の正田賞で3度目の受賞となりました。しかも茨城大学と千葉市動物公園、当園の3機関連携による取り組みが実を結び、当園だけでは成しえなかったものであることから他機関との同時受賞は喜びもひとしおです。

当園は2015年から茨城大学との共同研究を進め、これまでに約50本に及ぶ研究テーマに取り組んできました。その内容は動物たちの飼育環境向上、園内のサシバエ対策、チンパンジーや肉食獣の栄養管理、鳥類の家系分析など多岐にわたります。しかし一貫しているのは日々の動物の暮らしのQOL向上が根底にあります。更に共同研究の次のステップとして、動物園職員自身による日々の取組の記録化で、今回大学側が中心となって3機関による Zoo Science Journal(ZSJ)が創刊されました。動物の課題や解決策を記録・論文化することで飼育員・獣医がまさに科学的な視点で環境エンリッチメントに資することができます。また、この ZSJ はオープンアクセスで、どなたでもご覧いただくことができます。今回他薦ということですが、そうした点で外部の方にも評価されたこの賞の持つ意義は大きなものがあると考えます。この受賞をきっかけに、来園される多くのお客様には観覧しただけでは分からない、日々動物園で行われている裏側の取り組みを理解して頂き、さらに動物たちへの理解と関心を寄せて頂けたらこれに勝る喜びはありません。今回の受賞を励みとしてさらに動物園としても前に進んでいきたいと思います。最後に、私たちを共同研究―ZSJ創刊という一連の研究の高みへと導いて下さった茨城大学小針准教授様にはこの場を借りてお礼申し上げます。

日立市かみね動物園 生江 信孝

この度、栄えある「エンリッチメント大賞2024 正田賞」を賜りますことは、種の生態学的解明と飼育技術の確立に取り組む施設としてこの上ない喜びであるとともに、この機を大いなる励みとし、価値ある活動を今後も推進していく所存です。「茨城大学動物園学研究拠点 Zoo Science Hub」連携パートナーである茨城大学、そして日立市かみね動物園の関係者の皆様、とりわけこの活動を牽引して頂いている茨城大学 小針准教授に心から感謝申し上げます。

さて、動物園が保全センターとしての機能が期待される中、「調査・研究」の重要性がますます高まっており、その推進を図っていくためには、動物園職員による主体的な研究活動の定着と学校・学術団体との真なる連携強化が大きな課題でした。当園では2020年から「調査・研究」に加え、「教育・環境教育」領域も含めた包括的活動を”動物をめぐる学術の場”を意味する「アカデミア・アニマリウム」と称して推進しており、その一環として同年「茨城大学動物園学研究拠点 Zoo Science Hub」に参画させて頂きました。これにより「調査・研究」を単に大学に頼るのではなく、動物園側も主体的・積極的に取り組み、互いの専門知識や新たな気づきを重ね合わせる共創・協創のスキームを構築することができました。さらには、大学との継続的な情報交換や大学の研究手法を間近で学ぶことで、園職員が単独で行う研究や環境エンリッチメントにおいても質的向上が図られている事例が生まれています。また、動物の観測した事実(データ)から得られる科学情報を記録し、動物園・水族館業界に留まらず広く公表、市民へも伝えることを目的に、どなたでもご覧頂ける科学情報誌として動物園学研究紀要『Zoo Science Journal』を創刊することができました。

これからも動物生態の魅力発信と共に、アニマルウェルフェア向上と有効な環境エンリッチメントの追求などを通じて、自らの研鑽と新たな価値の積み上げを推進してまいりたいと思います。

千葉市動物公園 鏑木 一誠

Finalists

一次審査を通過した取り組み

受賞には至らなかったものの、書類審査を通過し、現地調査・ヒアリングの対象となった3件の取り組みです。いずれも高く評価されました。

  • 札幌市円山動物園オランウータンとボルネオの森
  • 魚津水族館ブリの衝突防止を環境エンリッチメントで解決
  • 神戸どうぶつ王国ハシビロコウの生息地の環境再現
Session Data

2024年の開催データ

募集期間
2024年4月15日 〜 2024年6月15日
応募総数
26通(25件の取り組みに対し)
一次審査通過
6件
二次審査
2024年9月23日(審査委員会)
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 岩田 惠理元 岡山理科大学獣医学部 教授
  • 川端 裕人作家
  • 幸島 司郎京都大学 名誉教授
  • 佐藤 衆介東北大学 名誉教授
  • 本田 公夫The Maritime Aquarium at Norwalk 展示ディレクター臨時代理

2024年の全応募一覧を見る(PDF)

市民ZOOネットワークでは、環境エンリッチメントの試みを、市民が理解し、評価し、応援する社会づくりを目指し、今後もエンリッチメント大賞を継続していきたいと思っています。