Overview

総評

エンリッチメント大賞2019には、35件の取り組みに対して全国から50通の応募がありました。そのうち9件が一次審査(書類選考)を通過し、スタッフによる現地調査の後、9月5日に二次審査(審査委員会)がおこなわれました。その結果、大賞3件、奨励賞1件が選ばれました!

エンリッチメント大賞は今年で18回目。年々、応募内容が高度になり審査委員会での議論が難しくなっていますが、今回はとりわけ賞を決めるのに苦労しました。日本全国の動物園・水族館において、エンリッチメントの全体のレベルが上がっているのは間違いありません。そんな中、飼育する側がどのような努力をするかという取り組みの内容の方に関心が集まりがちですが、重要なのは、その結果として飼育動物の福祉がどれだけ向上したかということです。このため、エンリッチメントの工夫そのものの新規性や技術の向上といった点において注目すべき取り組みがいくつもありましたが、審査では大原則である「どれだけ飼育個体の福祉向上に寄与しているか」という点を重要視しました。取り組みへの熱意はもちろん他園や飼育基準への影響力なども光る取り組みが大賞に、発想の柔軟さにより今後の広がりが期待される取り組みが奨励賞に選出されました。

Winners

受賞した取り組み

大賞 総合評価賞

秋田市大森山動物園秋田県

トナカイの放牧飼育を含むエンリッチメント

寒い地域を生息地とするトナカイにとって、日本、とりわけ本州以南の気候での飼育環境ではさまざまな問題が発生しています。歯の摩耗、蒸し暑く不快な環境、放飼場のサシバエなど、その問題の1つ1つを丁寧に検証し、対策を施し、6年にわたる年月を経て一定の効果を得たことが評価されました。

歯の摩耗対策として、キリン飼育で得た実績から、食べる部分を自分で選択できるようにするといった餌の改善をしました。行動の多様化のため、園内散歩を開始し、段階的に放牧に発展させ、枝葉や草などの自由採食を促しました。放飼場では計画的に樹木を生育させ、日陰を増やし、散水などを併用して気温を下げました。サシバエの吸血に伴う不快感のため走り回ることも体温上昇の要因になっていたため、サシバエ対策も併用して取り組みました。試行錯誤の結果、放牧時の自発的な遊泳と放飼場での長時間持続可能な虫除け薬剤を探し当てたことにより、十分な睡眠時間が確保されました。大学や企業などとも連携し、体温モニターを開発して常時監視体制も確立されています。総合的な環境改善に取り組むことで、トナカイたちが健康になっていることが、歯の状態改善や角の正常な交替、急激な体温変化の抑止といった数々の蓄積されたデータにより示されました。

これらの取り組みは、細かな情報共有のもとチームで実行され、さらにトナカイを超えて園全体の仕事として他の動物にも広がるとともに、情報発信により多くの市民からも応援されています。

所在地
〒010-1654 秋田県秋田市浜田字潟端154番地
TEL
018-828-5508
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

この度は栄えある賞を頂き心から感謝申し上げます。トナカイの幸せ追求は、キリンのための飼育管理で大賞を受賞させていただいた2013年から開始しましたが、今振り返るとまるで「戦いの日々」だったように感じています。歯の摩耗対策からスタートし、その後は暑さ・サシバエの対策を追求し続けた戦いの日々。そんな中であっても、これら取り組みがトナカイの幸せに繋がると信じてくれた多くの職員が、担当や代番を超えたTeamトナカイとして関わり続けてくれました。しかしながら、人的な負担を軽減しなければ永続的な取り組みとすることが難しくなるため、大学や企業のお力添えを賜りながら、より効率を高められるよう研究を進めて参りました。そしてようやく負担軽減に繋がる進展が見られた今、こうして高く評価いただいたことを心から嬉しく思っております。

さて、気候的に厳しいとされる国内でのトナカイ飼育は、放牧等に頼ることなく、展示場において適切に管理をすることが求められていますが、今年はその理想に一歩近づいたと感じております。まだまだ続くトナカイの幸せ追求。これまでの知見と結果を基に、飼育技術の普及にも取り込んで参る所存です。

またこの取り組みを長期に渡って応援いただき、全国各地から何度も来園下さった動物を愛するお客様の存在こそが、令和元年である2019年の受賞に繋がったことはいうまでもありません。本当にありがとうございました。

秋田市大森山動物園 柴田 典弘

大賞 インパクト賞

大牟田市動物園福岡県

Wild meǽt Zoo〜駆除された動物を動物園のご馳走に〜

採食エンリッチメントと日本で有害駆除されている野生動物の屠体の有効利用を結び付けた、画期的で新規性の高い取り組みです。

一般に、飼育下の肉食動物では、採食時間が短く行動のレパートリーが少ないことが問題になっています。それを解決するため、餌として、精肉されたものでなく骨や毛皮などがついた屠体を与えることで、採食時間の延長、常同行動の減少、休息時間の増加など、より野生に近い行動時間配分に近づきます。また、口で運ぶ、引っ張る、放り投げるなど、行動が多様化することもわかっています。こうした「屠体給餌」は、世界的な流れになっています。

この取り組みでは、屠体給餌というエンリッチメントに加えて、社会問題となっている獣害問題にも踏み込み、有害駆除されたシカやイノシシを用いる方法を確立しました。衛生面、生命倫理に配慮し、動物園で動物をどう見せるか、来園者にどう伝えるかといった課題に取り組み、勇気を持ってそれらを解決していった点が高く評価されました。また、屠体入手や衛生処理のため通常の給餌方法よりも費用がかかることを積極的に社会に発信していることも、注目に値します。さらに、動物園単独の取り組みではなく「Wild meǽt Zoo」という外部団体との連携である点にも広がりが感じられます。動物園での屠体給餌のためのマニュアルの完成も間近で、今後、他園や社会へ、何らかの影響をもたらすことも示唆されます。

今後は、種による腸内細菌叢の違いや寄生虫の宿主特異性にも考慮し、より安全性の高い給餌を望むと同時に、効率的な屠体入手や処理方法を進め、更なるエンリッチメントとしての効果向上を期待します。

所在地
〒836-0871 福岡県大牟田市昭和町163番地
TEL
0944-56-4526
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

この度は素晴らしい賞を賜り、心からお礼申し上げます。

当園の受賞は2016年度の「みんなでエンリッチメント!!~実践・継続・発展・発信~」に続く2度目となりました。今回の取り組みは、園外とも連携しながら、動物福祉と獣害問題の課題を組み合わせ、さらに、その中核に動物園を介在した世界的にもユニークなものです。

動物福祉の課題とは、動物園で暮らすライオンなどの大型肉食動物の多くが、野生とはかけ離れた毛皮のないカットされた肉を食べ、本来の採食に関連した行動の多くが発現できないことです。もう一つの課題である獣害問題とは、農作物被害や生態系被害などの理由から、全国でやむなく駆除されている野生動物の90%以上がジビエなどに利用されることなく、残念ながら廃棄されていることです。

この2つの課題をつなぎ、解決するために大学職員、科学コミュニケーター、行政職員、ジビエ事業者、そして動物園職員が連携して立ち上げたのがWild meǽt Zoo(ワイルド・ミート・ズー)です。そして、その解決策の一つとして進めているのが、駆除された動物をほぼそのままの状態で与える屠体給餌(とたいきゅうじ)です。

屠体給餌を安全かつ継続的に行うことは容易ではなく、また、屠体給餌に対する意見は好意的なものだけではありません。Wild meǽt Zooだけでなく、大学や専門学校による多岐にわたる調査等の協力を得ながら試行錯誤を重ねています。

今回の受賞は、環境エンリッチメントの領域に留まらない、ユニークかつ複雑で繊細な課題に、園外との連携をしながら取り組む当園の姿勢が評価されたものと認識しています。幸い、この取り組みに賛同してくださる園館も複数あり、拡大の兆しが見えつつあります。また、一般の方からのご寄付で屠体を購入する「屠体プレゼント募金」も開始し、誰もがこの取り組みに参加できるような仕組みも作っています。みなさまのご支援のほど、よろしくお願いいたします。

今回の受賞を糧に、動物福祉と獣害問題について共に学び、より良い動物との共生を考える場としての挑戦を続けていきます。

大牟田市動物園 飼育員 伴 和幸

大賞 技術賞

東京都葛西臨海水族園東京都

海鳥の遊泳を促す採食エンリッチメント

エトピリカやウミガラスなど海鳥の飼育では、趾瘤症(しりゅうしょう)という足の裏に炎症がおこる疾患が問題となっています。これは長時間の陸上での滞在や足の負担過多が原因と考えられますが、この改善を目指して飼育チームと研究者が協力し、科学的手法を導入して継続して取り組んだことが評価されました。

実施したエンリッチメントの内容は、餌の与え方を工夫し、回数を増やすといったとてもシンプルかつ基本的なものです。しかし、着水時間の増加による疾病の改善・予防を目標に定め、新しい給餌計画と実施、行動の記録、その評価とさらなる手法の改善を検討する、といった「S.P.I.D.E.R.モデル」がしっかりなされています。また、野生動物の研究で用いられるバイオロギングの手法を取り入れ、小型のデータロガーを使って温度や水深を記録することで行動のデータをとっている点も注目を浴びました。日々の飼育の現場ではハードルが高く敬遠されがちな科学的・客観的評価ですが、最新技術を使って信頼度の高いデータの記録に成功しました。そして結果として、趾瘤症の改善傾向が確認されています。

継続的かつ定量的なデータにより、動物の福祉状態が正確に確認できるだけでなく、関係者からの理解を得たり、次の対策を検討したりするのに役立ちます。こういった技術のイノベーションが、動物飼育の現場にもさらに浸透していくことを期待します。

所在地
〒134-858 東京都江戸川区臨海町6-2-3
TEL
03-3869-5152
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

これまで、研究者と協力しながら取り組みを発展させてきました。その結果、大賞という形で評価をしていただき大変光栄に思います。

海鳥に実施しているエンリッチメントは「日々のちょっとした工夫」で行えるとてもシンプルなことです。このために特別な餌を用意したわけではなく、毎日膨大な時間を割いたわけでもありません。ルーチン作業の中で少し工夫しただけに過ぎません。でも、だからこそ私は効果があると考えています。

エンリッチメントは、何か特別な知識や技術、予算がなくても行えます。大事なことは個人の努力で終わらせるのではなく、継続して実施することです。その上で、必要になってくるのが科学的な評価だと思います。

今回、研究者が全面的に協力してくれたお陰で科学的な評価を得ることができました。しかし、これは得られたことの一部分にしか過ぎません。私は、この受賞をきっかけに研究者と飼育員が連携する取り組みが増えることを期待します。そして、私自身これまでよりも広い視野で展示の維持と飼育動物のより良い福祉を求めていきます。

葛西臨海水族園

野島 大貴

ある懇親会での立ち話をキッカケにこの取り組みは始まりました。そんな酒の席に端を発する取り組みをエンリッチメント大賞という形で評価していただき、大変光栄に思います。

研究者と飼育員は、それぞれ異なる観点を持つプロフェッショナル同士です。お互いこれまで培ってきた専門的な知識と技術を有しています。私たちは、双方の知識と技術を活かし合うことで、海鳥の着水を促す効果的なエンリッチメントを作り上げてきました。

今後、多岐にわたる分野のプロフェッショナル達が力を合わせることで、より良いエンリッチメントの開発・普及が進んでいくことを期待します。私自身も今回の賞を糧に、飼育動物のより良い福祉を求めて日々精進していきます。

東京大学大気海洋研究所 佐藤 信彦

奨励賞

飯田市立動物園長野県

ニホンカモシカのマーキング行動を引き出すためのにおいを用いた環境エンリッチメント

ニホンカモシカという日本在来種の飼育を丁寧におこなうとともに、嗅覚刺激を利用した感覚エンリッチメントを実施していることが高く評価されました。

ニホンカモシカが単独飼育となったため、マーキングなどの行動レパートリーや頻度が下がってしまった状態を改善するため、放飼場に、埼玉県こども動物自然公園の個体の、臭腺(しゅうせん)の分泌物が付着したワリバシを設置しました。その結果、マーキングの時間が増加しました。メス個体の分泌物が付着したワリバシを設置した際には、フレーメンや恋鳴きが観察され、ワリバシ以外の場所へのマーキング行動や探索時間も増加しました。

今回の取り組みは、本種の習性を参考にした感覚エンリッチメントです。嗅覚刺激によるエンリッチメントは国内外でもあまり例がなく、斬新で画期的な取り組みだといえます。そのうえ、入手も輸送も簡単なワリバシを用いたことから、本種を飼育している他の園館でも容易に実施できると考えられます。さらに、長野で単独飼育されているカモシカの福祉向上のために埼玉という地理的に遠い園と協力していることも評価されました。この取り組みが広まれば、国内における本種の飼育水準の向上につながることが期待されます。

今後は、研究者などと協力して、糞中ステロイドなどの調査による生理的評価、野生個体との比較など、日本在来種の調査データとしての蓄積が期待されます。また、単独飼育の解消や、環境刺激の増加などにより、個体の福祉向上が望まれます。

公式サイト
http://iidazoo.jp/
所在地
〒395-004 長野県飯田市扇町33
TEL
0265-22-0416
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

飼育下のニホンカモシカのマーキング行動を調査し、単独飼育下では、マーキング行動が減少していることを実証的に明らかにしたことは、大変貴重な研究といえる。多忙な業務の中で、マーキング行動のデータを地道に集め、その実態を検証したことは大いに評価できる。今後、この成果を、環境エンリッチメントに実際に応用していってもらいたい。

飯田市動物園

園長 長良 健次

この度は、ニホンカモシカのために行った環境エンリッチメントを奨励賞に選定いただき、誠にありがとうございます。

単独で飼育しているカモシカのマーキング行動を引き出すために、埼玉こども自然動物公園のカモシカの分泌物をいただき、この取り組みを進めてまいりました。このエンリッチメントは、当園だけの力では実施することは不可能でした。今回の取り組みによって、他園との繋がりの重要性を再認識できました。

この取り組みに快くご協力いただいた、埼玉こども自然動物公園のみなさまには、心から感謝申し上げます。

さて、このエンリッチメントは、ニホンカモシカのマーキング行動を引き出すだけでなく、その行動を来園者にも間近で見ていただく機会を増やす一面もあります。このエンリッチメントが広がることで、一見地味で素通りされがちですがとても魅力的なニホンカモシカの注目度が上がることを願っております。

飯田市立動物園 前 裕治

Session Data

2019年の開催データ

募集期間
2019年4月1日 〜 5月31日
応募総数
50通(35件の取り組みに対し)
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 岩田 惠理岡山理科大学獣医学部 教授
  • 川端 裕人作家
  • 幸島 司郎京都大学野生動物研究センター 教授
  • 佐藤 衆介東北大学 名誉教授/八ヶ岳中央農業実践大学校 畜産部長
  • 本田 公夫元 Wildlife Conservation Society 展示グラフィックアーツ部門 スタジオマネージャー

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