Overview

総評

エンリッチメント大賞2026には、23件の取り組みに対して24通の応募がありました。そのうち6件が一次審査(書類選考)を通過し、スタッフによる現地調査を経て、9月26日に二次審査(審査委員会)がおこなわれました。その結果、大賞1件、奨励賞1件、正田賞1件が選ばれました!

今年度は、2022年以来4年ぶりに大賞を出すことができました。この4年間大賞が「該当なし」だった理由として、エンリッチメントの実施自体は現場に広く浸透したものの、審査対象となった取り組みでも、効果の記録、評価、見直しと改善、という科学的根拠につながるプロセスが不十分だったことが挙げられます。しかし、今回受賞となった取り組みはいずれも、きちんと効果検証や事後評価までなされており、エンリッチメントの基本とされる「SPIDERモデル」(※)の循環がしっかり確認できるものでした。その動物を飼育するそもそもの環境設定などの与条件についての議論が不足していたり、科学的評価のための記録方法などに再検討の余地が感じられるなどの点は今後の改善を期待したいですが、SPIDERモデルの各プロセスを回していこうという姿勢はいずれも模範的だといえます。

一次審査を通過したものの受賞には至らなかった取り組みについても、いずれも内容自体は優れており、以前であれば十分に受賞に値したと考えられますが、SPIDERモデルの循環、とくに目標設定やそれに対応する科学的評価の部分が不明瞭という印象でした。これらの取り組みも、いま一度、動物福祉の向上に資する明確な目標を定め、適切な科学的評価が伴えば今後十分に受賞の可能性があると考えられます。「やったこと」だけで満足しない、真の意味で動物の福祉が向上するようなエンリッチメントの取り組みが、日本中の動物園・水族館でさらに発展することを願います。

※SPIDERモデル:環境エンリッチメントを開発し維持するための枠組みとして用いられる考え方。Setting Goals(目標設定)、Planning(計画)、Implementing(実施)、Documenting(記録)、Evaluating(評価)、Re-Adjusting(見直し)の頭文字を取ってSPIDERモデルと呼ばれる。クモが巣を張るように、何度も行程を繰り返しながら継続して実施・改善していくことが望ましいとされる。

Winners

受賞した取り組み

大賞

京都市動物園京都府

アジアゾウに対するエンリッチメントの取り組み

杭の上に取り付けた枝葉を鼻で引き寄せるアジアゾウと、高い台の上でフィーダーを用意する飼育員、放飼場に植栽をする人たち

エンリッチメントの目標がピンポイントかつ明確に設定されており、実施した内容を評価し、その結果を次の取り組みへとつなげていく「SPIDERモデル」をまさに体現した、模範的といえる取り組みです。また、この取り組みの優れた部分として、市民の参画にも積極的に努めており、さらにそれが機能的に働いている点にも注目しました。市民への普及啓発についても重要視するエンリッチメント大賞において、4年ぶりの大賞にふさわしい取り組みであると評価します。

野生のアジアゾウが高い位置の枝葉を採食する際に見せる、鼻を高く上げる動きを飼育環境でも引き出すことを目指すとともに、常同行動が多く見られる個体については、その減少も目標としました。複数種類のフィーダーを日替わりで使用するなどの工夫をおこない、その効果を監視カメラによる行動観察で定量的に評価しました。その結果、対象となった4頭すべてで鼻を高く上げて探索する行動の増加が確認され、さらに、常同行動が多かった個体では、その減少も確認されました。このように、明確な目標を設定し、取り組みを実施するだけでなく、その効果を客観的に評価し、次の取り組みにつなげていく一連のプロセスが実践されている点が高く評価されました。

利用されているフィーダーの一部は市民向けのエンリッチメントイベントを開催し、寄せられたアイディアが実際に使われています。参加者の理解を深めることができ、それが斬新なアイディアにつながっているのです。また、イベント「ゾウの森を再現しよう」でも市民の力を借りて、放飼場内に一斉に植栽や剪定枝を設置し、ゾウの“森を破壊する動物”としての行動を引き出すことができました。動物園職員のマンパワーだけでは実施が難しい試みを、大勢の市民を巻き込むことで実現できた好例といえるでしょう。動物福祉の向上を目指した取り組みと、その成果や考え方を広く普及していく取り組みがうまく一体化している点で特徴的です。

こうした「SPIDERモデル」に基づく丁寧な取り組みと、普及啓発とを適切に組み合わせる努力が全国の動物園・水族館にも広がっていくことを期待します。

所在地
〒606-8333 京都府京都市左京区岡崎法勝寺町
TEL
075-771-0210
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ― 京都市動物園

このたびは、大賞という栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。今回評価いただいたのは、「アジアゾウに対するエンリッチメントの取り組み」と題し、2025年度に当園のアジアゾウに対して行った環境エンリッチメントの取り組みをまとめたものです。

アジアゾウの動物福祉の向上は大きな課題として認識されていましたが、放飼場の構造上、安全なフィーダー設置が難しい状況にありました。2024年に放飼場内の樹木ガードが変わり、フィーダー等を設置する環境が整ったため、2025年度にはゾウを対象としたエンリッチメントを積極的に取り組むこととしました。

今回大きく評価していただいたのは、行動観察を行い、エンリッチメントの効果を記録し評価した点でした。複数種類のフィーダーを設置し観察を行うことで、ゾウの行動変化を数値で見ることができたため、効果の有無や今後実施すべき別のエンリッチメントにつなげることができたと考えています。

もう一つ目的としていたものが、「飼育員だけでなく来園者とも協力してエンリッチメントを行う」というものでした。そこでイベント「ゾウのエンリッチメント体験」と「ゾウの森を再現しよう」を企画しました。どちらのイベントでも来園者と共にエンリッチメントに取り組み、自分で取り組んだものの成果が見られることで動物福祉への関心を深めていただくことができたと思っております。また実際にエンリッチメント案を考えていただき、それを飼育員が工夫して作製するというのも私たちにとって刺激になりました。

今回の受賞を励みに、今後も動物に寄り添った取り組みを続けていきたいと思います。改めまして、ご協力頂きました皆さまに心より感謝申し上げます。

京都市動物園 福泉洋樹

奨励賞

札幌市円山動物園北海道

モンキーハウスでの地道な取り組み

モンキーハウスで暮らすサルの横顔と、容器型のフィーダーをのぞき込むサル、止まり木の上のワオキツネザル

モンキーハウスはいわゆるアパートタイプの古い獣舎ですが、ハウス内の全動物を対象として、環境・採食面など多角的なアプローチから総合的な福祉の向上を達成した点が評価されました。

特筆すべきは、実施して終わりにせず、科学的根拠に基づいて改善を繰り返す「SPIDERモデル」が、フィーダーの活用において高いレベルで機能している点です。ただ一律に設置するのではなく、動物たちの観察を通じて、それぞれの動物種ごとに「どのような行動を引き出したいか」を考え、その目的に合致したフィーダーを個別に選定・提供しています。さらに、与えた後の行動調査によって客観的に評価し、さらなる工夫へとつなげる一連のプロセスが実践されています。この取り組みにより、動物たちの採食時間を延ばし、異常行動の減少へと繋げただけでなく、群れの中の劣位個体もしっかりと採食できる機会を確保するなど、社会行動の面でも大きな成果を上げています。また、室内環境の改善においても、それまで約20%にまで低下していた湿度を、ミスト装置やウッドチップ、植栽の配置によって約60%で安定させるなど、客観的な数値に基づく環境エンリッチメントがおこなわれています。

今回、このモンキーハウスで実施される「干し芋」の給餌についても注目を集めました。市民と協力して作成した干し芋の給餌により、サルたちの採食時間が大幅に増加していることが確認された一方で、糖度の高いサツマイモを給餌することの是非や、長期間給餌した場合の栄養学的・獣医学的な影響などについては慎重に評価する必要があると考えます。こういった新たなチャレンジについても、引き続き丁寧に検証していくとよいでしょう。

以上のような、地道に動物の飼育環境の改善を繰り返す姿勢は他の動物園・水族館にも奨励されるものです。継続して取り組まれることを期待します。

所在地
〒064-0959 札幌市中央区宮ケ丘3番地1
TEL
011-621-1426
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ― 札幌市円山動物園

この度、多くの方々のお力添えにより、エンリッチメント大賞2026「奨励賞」という栄えある賞をいただき、大変光栄に存じます。心より感謝申し上げます。

モンキーハウスは、霊長類6種を飼育する築40年を超える獣舎です。コンクリートと金属フェンスを主体とした単調な構造で、広さにも制約がありますが、私たちは動物たちのニーズを満たせているのかという問いを持ち続け、数年にわたり試行錯誤を重ねてきました。

種ごとの生態的特性に加え、個体ごとの異なるニーズにも応えるため、環境や機会を整え、それぞれの反応を観察し、その結果を評価して次の工夫につなげるよう取り組んできました。また、担当者の熱意や頑張りに依存せず、無理なく継続できる取り組みにすることも重要視し、器具や餌は設置しやすい構造を工夫し、タイマー式の給餌器やミスト装置を導入することで、動物が予測できない採食環境の創出や適切な温湿度の維持にも取り組んできました。

そのような試行錯誤の一つが、干し芋です。サツマイモの調理方法を工夫し、十分に乾燥させて硬くすることで、採食行動の多様化や摂餌時間の大幅な延長が見られました。特別な設備がなくても、身近な食材の工夫によって、動物たちの採食に関わる経験や選択肢を広げられる可能性があります。また、児童発達支援・放課後児童クラブの子どもたちや高齢者にも干し芋づくりを体験していただき、動物が採食する姿を観察しながら、エンリッチメントの意義や野生での生態について考えていただける機会を設けることができました。一方で、歯への負担や糖代謝への影響については、長期的な観察と検証を続けていく必要があります。

私たちの取り組みは、新しい施設や豪華な装置によるものではありません。廃材や寄付いただいた資材、いつもの餌を活用し、目の前の動物たちのために「できることをやる」という地道な積み重ねです。目の前の動物たちが何を必要としているのか。そのニーズに少しでも応えられるよう、これからも試行錯誤を続けていきたいと思います。

札幌市円山動物園 松本直也

正田賞

飯田市立動物園長野県

市民の参加意識を促す「エンちゃん」の工夫と、高齢ヒヒへの環境改善

獣舎の隅に立つ高齢のアヌビスヒヒと、青草を食べるモルモット、サボテンを食べるリクガメ

環境エンリッチメントの普及と来園者参加の工夫として、園内の遊園地の遊具(乗り物)「エンちゃん」を活用した取り組みが注目されました。飼育員が選んだ「来園者にわかりやすく、かつ緊急性は低い、これから実施していきたいエンリッチメント」数種類を示し、遊具利用料金を支払った市民が投票できるという仕組みです。投票の多かった順に動物へのエンリッチメントを実施するという取り組みは、市民に「エンリッチメント」の内容を事前に伝え、遊具利用代金を通して自分も「エンリッチメント」に参加しているという意識を持たせることに成功しています。

高齢で単独飼育のアヌビスヒヒに対しても、「環境エンリッチメント」の基本である、個体に合ったエンリッチメントの実施がおこなわれていました。採食、行動範囲の拡大、飼育員との関係改善と基本的な取り組みを限られた条件の中で一つひとつ実施しています。「エンちゃん」の投票で得た資金で、ヒヒに対しても植物がプレゼントされており、掲示物や公式WEBサイトでの情報発信も有効に使っている印象をうけました。エンリッチメントの成果として、ヒヒの毛並みが良くなり行動パターンが増えるなど定性的な改善が確認されました。定量的な効果検証が今後の課題です。

高齢で単独飼育という条件の動物は、動物園では、これからも増え続けるでしょう。これらは、どこの動物園でも避けて通れない問題です。今回の飯田の取り組みが、他園館での参考になることでしょう。一方で、アヌビスヒヒは、本来、群れで生活する動物です。まずは、野生本来の飼育を目指すには、どうするべきかという理想や目標がなくてはいけません。飼育条件が整うように、展示動物のコレクション計画を策定することが必要でしょう。設置者と運営者が違う動物園では、決定権や予算の問題もありますが、動物園を運営している専門家として、設置者に「これからの動物園像」を提言できる力量を持っていただくことを期待しています。

公式サイト
https://iidazoo.jp/
所在地
〒395-0046 長野県飯田市扇町33
TEL
0265-22-0416
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ― 飯田市立動物園

このたびは、2026年エンリッチメント大賞「正田賞」をいただき大変光栄に思います。飯田市立動物園では「どうぶつもひとも心地よく」というスローガンのもと、環境エンリッチメントの推進と普及を目指して、さまざまな取り組みを行ってきました。

しかし、当園は未就学児とその保護者が来園者の多くを占めているため、説明が難しく、伝わりづらいと感じることがありました。そこで、楽しみながら環境エンリッチメントを知り、参加してもらえる仕組みができないか考え登場したのが、このバッテリーカー「エンちゃん」です。

取り組みを続ける中で、エンちゃんに乗った子供たちが、「リクガメに投票したよ」と教えてくれたり、採食エンリッチメントを設置している際に、親子のお母さんが「これエンリッチメントのやつだ」とつぶやくのを聞くなど、手ごたえを感じています。普及を目的にしたのはもちろんですが、新たに挑戦したい環境エンリッチメントの予算の確保、そして飼育員が行動に移すモチベーションにも繋がっています。

また、地域の企業の方が、継続的に採食エンリッチメントのための餌を提供してくださるようになったり、動物たちの止まり木などに使える太く大きな木を定期的に譲っていただけるようになったりと、エンリッチメントの取り組みが地域にも広がっていると感じています。

エンリッチメントを通して、動物園が、単に動物を見て楽しむ場ではなく、地球上で一緒に暮らす仲間たちに関心を持つ、「最初の一歩」となる場にできるよう、スタッフ全員で努めて参ります。

今後は、エンちゃんを通して実現したエンリッチメントのうち、継続できるものを増やしていくことや、それらが動物たちへどのような効果を与えたのか科学的に検証をすること、さらに来園者を巻き込んだ普及啓発のイベントも実施しながら、動物たちの福祉の向上にむけて活動を続けてまいります。まことにありがとうございました。

飯田市立動物園 勝山友梨子

この度は、エンリッチメント大賞2026において、正田賞という大変栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。

今回、受賞の対象となった取り組みは、「QOLあげあげモンキーアパート」と題し、昔ながらの狭い獣舎、いわゆる「モンキーアパート」で暮らすヒヒのQOL(生活の質)の向上を目指したものです。

限られた狭い空間の中で、いかにヒヒが健全で幸せに暮らすことができるかを追求し、試行錯誤を重ねながら取り組んできました。

当園で暮らすドグエラヒヒのフィーフィーは、26歳の雌で、現在は1頭で暮らしています。私が担当になった2023年からの4年間、フィーフィーの生活環境や暮らしの質をより良いものにするため、さまざまな改善に取り組んできました。

それまでヒヒの飼育には十分に手をかけられておらず、飼育方法も確立されていない状態からのスタートでした。そのため、他園の飼育員の方々と情報共有や意見交換を行いながら、とにかくひたすら観察を続け、問題点や改善すべき点、さらには小さな違和感も見逃さないよう努めてきました。そして、それぞれの問題の原因を考え、餌や飼育環境、人との関係性に至るまで、さまざまな改善を重ねてきました。

そうした取り組みを進めていく中で、フィーフィーの外見や内面、行動において、さまざまな良い変化が見られるようになりました。

今回の取り組みを通して、飼育員の努力や工夫次第で、動物の暮らしをここまでより良いものにできるのだと実感しました。そして、それは私自身にとっても、大変貴重な経験となりました。

この度、このような素晴らしい賞をいただくことができましたが、決してこれで終わりではありません。今日よりも明日、明日よりも来年がより良いものとなるよう、これからも動物たちにとってより良い環境や暮らしを提供できるよう、努めてまいります。

最後になりますが、日頃からさまざまなアドバイスをくださる他園館の皆さま、そしてSNSを通じて温かい応援のコメントをくださる皆さまに、心より感謝申し上げます。

そして、何よりも、たくさんのことを教えてくれたフィーフィーに、最大限の感謝を伝えたいと思います。

改めまして、このような素晴らしい賞をいただきましたことに、心より御礼申し上げます。

飯田市立動物園 加藤あやか

Finalists

一次審査を通過した取り組み

受賞には至らなかったものの、書類審査を通過し、現地調査・ヒアリングの対象となった3件の取り組みです。いずれも高く評価されました。

  • 秋吉台自然動物公園秋吉台ハゲコウの通年繁殖
  • 熊本市動植物園森を巡る、チンパンジーの豊かな暮らし
  • 鹿児島市平川動物公園レッサーパンダが繋ぐ、動物園でのエンリッチメント
Session Data

2026年の開催データ

募集期間
2026年4月15日 〜 2026年6月15日
応募総数
24通(23件の取り組みに対し)
一次審査通過
6件
二次審査
2026年9月26日(審査委員会)
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 岩田 惠理元岡山理科大学獣医学部 教授
  • 川端 裕人作家
  • 幸島 司郎京都大学 名誉教授
  • 佐藤 衆介東北大学 名誉教授
  • 本田 公夫The Maritime Aquarium at Norwalk 展示ディレクター臨時代理

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